【提言】2020年度米国国防権限法案の有機フッ素化合物(PFAS)関連条項について

2020年度の米国国防権限法案(National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2020)について、Informed-Public Project(IPP)から沖縄県に提言書を書きました。

IPPも声明を提出したSubcommittees: Environment & Climate Change (116th Congress)のHEARING ON “PROTECTING AMERICANS AT RISK OF PFAS CONTAMINATION & EXPOSURE”(2019年5月15日)の様子。

この法案は辺野古の新基地建設の関係でメディアで取り上げられていましたが、米国のPFAS汚染の条項が多く盛り込まれていることは知られておらず、その事実とその背景をお知らせするために沖縄県に提言書を書き、メディアで報道してもらいました(琉球新報 「国防権限法案 基地派生汚染 米で規制へ 調査団体、情報精査を県に提言」有料記事、2019年8月12日、その後、沖縄タイムスも米国特派員からの記事があり、IPPの提言も記事になりました。沖縄タイムス「米権限法案「検証を」/PFAS規制 IPP県に提言」有料記事 2019年8月17日 )。

現地でこの問題に取り組み、短期間ではありますが、米国のアクティビストとともに米議会に働きかけてきた立場からこの法案を読み、沖縄の問題につなげる形で提言を書きました。
これまでの沖縄県の情報収集と政策立案のあり方への批判、そしてどうあるべきかの提言ともなっています。

以下、8月8日付けで提出した提言です。


2019年8月8日

沖縄県知事 玉城 康裕殿
沖縄県環境部長 棚原 憲実殿
沖縄県保健医療部長 砂川 靖殿
沖縄県企画部長 宮城 力殿
沖縄県農林水産部長 長嶺 豊殿
沖縄県知事公室長 池田 竹州殿
沖縄県企業局長 金城 武殿

インフォームド・パブリック・プロジェクト(The Informed-Public Project, IPP)は、環境、主に米軍基地に由来する汚染問題について調査・監視・政策提言をする団体です。これまで米軍基地由来と考えられるPFOS、PFOAを含む有機フッ素化合物(PFAS、以下PFAS)汚染の問題に取り組んできました。

IPPは、沖縄県や県民に本件に関する米国の情勢を伝え、県民の安全と健康を守るために、沖縄県が適切な対策をとることを提言するためにこの手紙を書いています。

今回のIPPの提言は、2020年度米国国防権限法案の中で挙げられているPFASの条項を沖縄県が精査し、PFAS汚染対策や、米国・米軍、日本政府との交渉等に反映させることです。

2020年度国防権限法案(National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2020)について

既に辺野古新基地建設問題との関係で報道されているとおり、米国議会は2020年度国防権限法案(National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2020、以下NDAA))(2019年10 月〜2020 年9 月) を上院、下院で可決しました【1】。今後、両法案は両院協議委員会で一本化され、今秋に上院と下院それぞれで採決される予定です。採決された法案は、大統領の承認を経て法制化されます。

【1】
上院については以下のページ参照。116thCongress 1st Session S.1790 https://www.congress.gov/bill/116th-congress/senate-bill/1790/text?fbclid=IwAR0THbck_wvElk5_8ZweGrLv5-AdsnAyLV3jtDd7F4-ANfH0xWQdE6CCMN0 (2019年8月6日取得)。下院については以下を参照。116thCongress1st Session H.R.2500 https://www.congress.gov/bill/116th-congress/house-bill/2500/text?fbclid=IwAR0C-xQIPtDHPWoTzcvge2voISZTWCxPZgyqUcN1C-pvNvQ83Y2S3cJYLlo  (2019年8月6日取得) 

米軍基地対策の政策決定をする沖縄県にとって、国防総省及び関係省庁が、議会から何を要求され、この法案によってどのような法的義務が生じるのかを見ることは重要なことと考えます。また、米軍基地政策を策定するためには、米国の政策の原理原則や動向を把握することが重要であり、そのための情報収集にも、NDAAは有用な文書です。

NDAAのPFASに関する条項

IPPは2020 年度NDAAの両院の法案に、PFASに関する条項が多く入れられていることを沖縄県に情報提供します。

これはPFAS汚染の問題、特に軍事活動との関係のPFAS汚染の問題が、連邦政府として法制化する必要がある、緊急性のある重要な問題であることを議会が示したということを意味します。

これまでは、PFASは規制法や対処に関する指針がなく、米国環境保護庁(EPA)の生涯健康勧告値に依拠するだけの状態でした。本法案の成立により、軍事活動に関するPFASの排出、廃棄、浄化などに関する規制や指針が生じることになります【2】。

【2】
法案についての分析などは長年、PFAS問題の調査・政策提言グループとして取り組んできたEnvironmental Working Groupの記事を参照。Alex Formuzis,, “House Passes Major PFAS Cleanup Legislation: Defense Spending Bill Includes Multiple EWG-Backed Amendments To Confront PFAS Contamination Crisis”, July 12, 2019,  https://www.ewg.org/release/house-passes-first-major-pfas-cleanup-legislation;Scott Faber, “To Address PFAS Pollution, Congress Should Report, Reduce and Remediate” July 30, 2019, https://www.ewg.org/news-and-analysis/2019/07/address-pfas-pollution-congress-should-report-reduce-and-remediate, ;Melanie Benesh, “It’s Time to Designate PFAS as a ‘Harzadous Substances’”, July 3, 2019,  https://www.ewg.org/news-and-analysis/2019/07/it-s-time-designate-pfas-hazardous-substance, (いずれも2019年8月6日取得)。

その背景には、米国内でのPFAS汚染の深刻さと、連邦政府のPFAS汚染対策の遅さに対する市民や専門家等の危機感があります。その意識を持った、汚染の被害がある地域コミュニティの市民や関係NGO、科学者等が議会に対して行った、長期間のたゆまぬロビーイング活動と、それに応えた議員や議会の努力が結実した結果が2020年度のNDAAです。

沖縄もその動きに無関係ではなく、市民も米国の議会活動の一環に参加してきたことを述べておきたいと思います。IPPは、米国のアクティビストの仲介を経て、上院の環境と公共事業委員会のヒアリング(2019年3月28日)【3】と下院の環境と気候変動分科委員会(2019年5月15日)のヒアリングの2度声明を提出しています。両声明は、米国のコミュニティや関係者が提出したものと等しく、正式に委員会で記録されています。また、連邦議員との面談時やヒアリング時に、米国アクティビストが沖縄の問題を言及する機会も増えています。

【3】
環境と公共事業委員会ヒアリングの声明についてはIPPの記事「米連邦議会の委員会に沖縄のPFAS汚染問題の声明を出しました」(2019年5月12日)参照。 http://ipp.okinawa/2019/05/12/okinawas-concern-over-pfas-reaches-the-u-s-senate-j/

PFASに関する主な条項として以下が挙げられます([   ]内は法案の条項。S=上院、HR=下院)。(まだ条項としての整理などがなされておらず、文言等の一貫性、統一性については今後調整されると思われるためランダムな列挙にとどまることは了承されたい)

【参照 付属資料IPPメモ:NDAAのPFAS関連条項】

  • PFAS含有の泡消火剤の基地での調達・使用禁止のスケジュール等[S. Sec 316./HR.Sec330E]
  • PFASフリー泡消火剤への交換[HR. Sec 318]
  • PFAS汚染の取り組みに関する州との協定[S Sec 318/HR. Sec.330H]
  • 軍事施設近隣の汚染された水の措置[S.Sec 1071-1075/HR.Sec.323]
  • 空軍による不動産取得[S.Sec.1074]
  • PFAS製品(泡消火剤)廃棄[S.Sec6753 / HR.Sec 330D]
  • 訓練での泡消火剤使用禁止[HR.Sec.320]
  • 国防総省の消防士の血液検査[S.Sec 704/HR Sec.708]
  • 安全飲料水法での規制[S.Sec 6721, 6741]
  • PFAS排水規制、基準値の設定、有害化学物質排出目録(TRI)への追加等[S.Sec 6711/HR.Sec 330A]
  • 包括的環境対策・補償・責任法(CERCLA)の有害物質として指定(HR.Sec.330O)
  • PFASに関する調査、モニタリング等[S.Sec.6722, 6731他、HR.Sec. 330G 他]
  • 調理済食品パッケージでのPFAS使用製品禁止[HR. Sec 330B]

憂慮する科学者同盟(Union of Concerned Scientists)のGenna Reed (科学と政策主任アナリスト)は、この法案は、(1)PFAS汚染と曝露の射程/範囲の理解、(2)PFASの製造、使用、廃棄の規制、(3)PFAS汚染の浄化の3方向からPFAS問題に取り組んでいるものと整理しています【4】。

【4】
Genna Reed, “PFAS Amendments Form a Blueprint for Remedying National Toxic Threat”, Union of Concerned Scientists, July 11, 2019, https://blog.ucsusa.org/genna-reed/pfas-amendments-form-a-blueprint-for-remedying-national-toxic-threat(2019年8月6日取得)

NDAAと沖縄のPFAS問題:何をみるべきか

このような法案の動向を受け、沖縄県は、米国における基地汚染関係のPFAS問題の連邦政府レベルでの認識を理解する必要があります。自らの足元でも起きているPFAS汚染問題が、米国でどのように認識されているか、連邦議会が何を要求し、連邦政府は何を求められているのか、あらためて確認する必要があると考えます。

また、NDAAの精査をとおして、汚染また軍事活動におけるPFAS問題がどのように法制化されるのか、沖縄内で起きていることと結びつけながら、沖縄県の具体的な政策を立案していくことが求められます。


近く決定される法案の中で、沖縄県が考えるべき問題として、現段階で以下を指摘しておきます。

調査・モニタリング

沖縄でも十分なPFASの調査はまだされておらず、モニタリングも十分ではありません。憂慮する科学者同盟からの指摘にもあるように、米国でもPFAS汚染と曝露の範囲を確定することは、まだ課題の段階といえます。その課題への取り組みとして、米国地質調査所(USGS)のPFAS検出の実施基準を設置することや、モニタリング、全国調査、調査結果の報告等が挙げられています。沖縄も米国での調査に関する標準/基準を把握しておくことは、沖縄のPFAS汚染対策、また米軍への対応などの政策立案に役立つことと考えます。

泡消火剤の問題

沖縄県は、米軍や日本政府に求めている泡消火剤の管理について繰り返し、問い合わせています。また、産業廃棄物処分場で問題になっている泡消火剤の米軍の廃棄処分についてもその把握が課題とされています。NDAAで米軍の管理、廃棄の規制や設定スケジュール、関連米国内法の改正などを押さえていくことが、今後、沖縄県が米軍に照会する際の、重要な情報になると考えます。法案では調達や使用禁止等の管理スケジュールが最終的に示されるので、それ以前の措置についても、米軍の管理や廃棄計画を今後明確にさせる等の課題も見えてくると思われます。

農業用水の問題

沖縄県は、軍事施設近隣の汚染された水の措置の条項を精査していく必要があります。

既知の情報ではあると思いますが、基地由来による飲料水の汚染については、軍は被害を受けた近隣のコミュニティに対して、ボトルウォーターの配布、フィルター施設の設置をしてきたことも事実として法案で記されていることを確認してほしいと思います【5】。

【5】
米軍によるPFAS汚染に関してCNBCの報道が参考になる。Jaden Urbi, “A new drinking water crisis hits US military bases across the nation”, CNBC,July, 13, 2019,  https://www.cnbc.com/2019/07/12/new-drinking-water-crisis–stemming-from-us-military-bases-pfas-contamination.html (2019年8月6日取得)

さらに沖縄県が確認すべきことは、両院とも、軍事施設の近隣において、農業使用のためにPFASに汚染されていない水を国防総省に保証させる条項を設けていることです。条項では、国防総省は、PFASで汚染されていない水源の提供、あるいは汚染された水の措置を提供することとなっています。この背景には、農業、畜産へのPFAS汚染の事例が報告され、救済されていないことが背景にあります【6】。米国食品医薬品局(Food and Drug Administration)での農作物やミルクに含まれるPFASの基準値の設置についても示唆されています。

【6】
米国内での基地由来のPFAS汚染での農業被害は、ニューメキシコ、マサチューセッツ、コロラド等が報告されている。以下の記事を参照。Nidhi Subbaraman, “Farmers Are Losing Everything After “Forever Chemicals” Turned Up In Their Food”, BuzzFeed News, July 2, 2019, https://www.buzzfeednews.com/article/nidhisubbaraman/pfas-food-farms-milk-produce(2019年8月6日取得)

沖縄県内でも同じ汚染状況と被害が確認されています。普天間基地周辺の農業用水、および土壌が汚染されていることが明らかになっています。しかし、現在この問題は、沖縄県や京都大学による、サンプル数も非常に限定された一種類の生産物(田芋のみ)のPFAS調査によって、その地の農業全体が安全であるような判断をし、矮小化されているのが現在の状況です。

NDAAをみれば、基地由来でPFASに汚染された水で農業を行うことが問題であり、国防総省が、農業のための安全な水のために対処しなければならない公共の問題として議会が法案を策定していることがわかります。沖縄県は、この問題について問題の認識を新たにし再度、公衆衛生(Public Health)等からの枠組み設定をし直して考えることが求められると考えます。NDAAを精査することにより、沖縄で起きている農業用水の問題は、米国ではどのように対処するべき問題と考えられているのか、沖縄はどのように対処するべきなのか、米国に何を要求するか、宜野湾市等の関連市町村とともに具体的に考えることが必要です。

提言:交渉・要請・政策決定のための情報入手を

これまで沖縄県は、米国側の情報を入手せずに米軍等と交渉しているために、米軍側から非常にずさんな回答や情報しか引き出せていません。また、米国側への書簡や情報発信においても、米国での議論や動向等を押さえていないことから、説得力に欠けるものとなっています。

日本政府からの情報に頼ることなく、米国の情報を自ら入手、精査し、連邦政府や議会の動向を鑑み、対応、政策決定をしていくことを強く提言します。

また、米軍基地由来のPFAS汚染の被害は、米国内と沖縄は共通のものであり、責任も同じく国防総省にあります。日米地位協定の枠組みに縛られて思考停止に陥ることなく、むしろこのPFAS汚染の問題で、現在の日米地位協定の弊害を主張する場を立ち上げていくことが必要です。その第一歩として、NDAAを検証し、沖縄での適用を求める動きに結びつけることを強く提唱します。

以上。

【付属資料 IPPメモ:NDAAのPFAS関連条項】

【付属資料 IPPメモ:NDAAのPFAS関連条項】

この記事をSNSで共有する