河村 雅美(The Informed-Public Project 代表)
Dr. Masami Kawamura
2016年7月12日
報告の目的
本報告は、2013年6月にドラム缶が発見され、汚染が発覚した旧嘉手納基地跡地、沖縄市サッカー場の汚染調査や浄化処理関係のこれまでの経費について報告し、その結果から、今後の行政への監視や政策検証に必要な事項について議論する材料を提供することが目的である。
ドラム缶発見後、サッカー場の汚染は米軍基地由来のものと考えられ、沖縄防衛局、沖縄市、沖縄県による調査が進められた。調査は、サッカー場全域、隣接した駐車場の調査に発展し、現在も進行中である。これまでに108本のドラム缶が発見され、複合汚染の実態が明らかになっている。
The Informed-Public Project(IPP)では、国会議員、県議会議員、沖縄市議会議員の協力を得て、各機関の経費のデータを入手し、とりまとめた。調査や浄化作業はいまだ継続中であり、より詳細な調査が必要であるため、本レポートは暫定的な中間報告である。
この報告の意義については以下の3点がある。
1. 経費の全体像把握
沖縄市サッカー場の汚染調査内容や汚染土壌などの処理については沖縄防衛局の発表時に報道がされてきたが、その経費に関しては、複数の行政機関が(沖縄防衛局、沖縄市、沖縄県)対応していることもあり、まとまったデータが出されていなかった。本中間報告では、調査及び処理に関わる業務が継続中ではあるが、これまでの経費の全体像を明らかにすることができた。
2. 汚染発覚からの過程検証
これまでも返還跡地における土壌汚染や汚染除去費用については国会の場や研究で、一部明らかにされてきたが【1】、調査や浄化作業の各過程でどの程度の費用がかかるか、どのような業者がどのような発注形態で業務を受注し、どこまでの業務を行うのか、といった詳細は明らかにされていなかった。本中間報告により、経費の面から汚染発覚後の過程を把握、検証することができる。そこから、行政は具体的にどのような説明責任が伴うかも明らかになった。
3. 各行政機関の政策評価
沖縄市サッカー場の汚染発覚後、これまでの跡地調査にはない行政の動きがあった。例えば、沖縄市が調査の透明性を確保するために、国に対抗的調査をした調査体制をとったこと、また、サッカー場汚染発覚の翌年に沖縄県が国の一括交付金の3年事業で、環境政策課に基地環境特別対策室を設置したことなどである。本報告ではこの動きについても検証した。これは、今後、汚染発覚後の各行政機関の政策を検証、評価するための材料の提示となる。
税金の用いられ方を監視する納税者としての立場から、日米地位協定のあり方を改めて検討する一つの材料として用いられることも、本報告の最終的な目的の一つであることを強調しておきたい。
ポイント
- 日米地位協定で米国側の原状回復の義務が問われていないために日本が負担する経費はわずか約1万4000㎡の土地で9億円以上に上る。
- 沖縄市が実施した沖縄防衛局の対抗調査経費(クロスチェック代)は7100万円以上に上り市の財政負担となっている。あるべき調査体制の姿を示した沖縄市には、国や沖縄県の適切な支援措置が必要である。
- 日本政府、沖縄県、沖縄市は多額の費用を伴う汚染調査や浄化に関する説明責任を認識し、意思決定過程の透明化に努め、同過程の検証が可能な体制を構築することが急務である。また、費用対効果分析についても第三者的立場から実施する必要がある。
- 議会、市民の積極的な監視、関与が必要である。
背景
沖縄市サッカー場の汚染発覚以来、沖縄防衛局、沖縄市、沖縄県の3機関がその後の調査等に対応してきた。
汚染発覚以来、調査は、発掘したドラム缶とその周辺土壌の調査の1次調査から、フィールド全体に及ぶ第2次調査、隣接した駐車場、地表から2mより深い部分まで実施した第3次調査という順序で、調査範囲を拡大する形で実施されてきた。今回のような方法が妥当なものであったかどうかも含め、費用対効果を検証する上で調査過程は必要な情報であるため、確認しておく。以下の調査等の経緯をまとめた表を参照されたい。
Ⅰ 沖縄市サッカー場調査等経費について
1. 2015年3月までの支出・経費と2016年度日本政府計上予算
これまでの調査等の経費と2016年度の予算の総計は、979,091,229円となった。
① 2013年ドラム缶発見時から2016年3月までの経費について
460,091,229円
②日本政府2016年度計上予算 (5億円)内訳詳細
519,000,000円
③2016年度までの総経費予測(①+②)
979,091,229円
2. 内訳
沖縄防衛局、沖縄市、沖縄県の各機関の内訳詳細については以下のとおりである。ここでは、業務別、受注業者別一覧と、処理済みの廃棄物処理について示す。
①沖縄防衛局
②沖縄市
沖縄市は2013年6月のドラム缶発見時から、調査の透明性の確保を目的とし、沖縄防衛局の調査を監視する市独自の調査を進めてきた【3】。
米国の基地汚染調査では行政の監視や住民参加が制度として担保されているが、日本ではaそのような制度がないため、沖縄市のクロスチェック的調査は意義があり、外部専門家からも¥評価されている【4】。
しかし、国の調査への監視機能を果たしてきた一方、市の大きな財政負担となっていることも事実である。市の負担については全容が明らかでなかったため、今回、沖縄市の各部署から議員を通じて、総額を入手した。総額は、71,116,779円であった。
沖縄市の調査の支出一覧は以下のとおりである。
③沖縄県
沖縄県は環境保全課が、サッカー場周辺運動公園、嘉手納基地内井戸水、大道川河口底質、サッカー場暗きょ排水(2014年度途中から沖縄防衛局が分析)において「周辺環境調査」を実施している【5】。沖縄県のこれまでの支出については以下のとおりである。総額は、3ヶ年度で、3,214,950円であった。
Ⅱ 沖縄県環境政策課基地環境特別対策室について:新規の米軍基地跡地政策として
サッカー場の汚染問題発覚後の事業として、沖縄県は問題発覚の翌年、2014年度に沖縄県環境政策課基地環境特別対策室を設置し、3年の沖縄振興特別推進交付金事業を行っている。
事業内容は「返還予定地及び既返還地における環境問題への対応や、米軍の活動に起因する環境問題を解決するため、米軍施設に関する環境対策方針等を整備しながら、国と連携した新たな環境保全のしくみづくりを推進する」ものとある【6】。
具体的事業としては、国内外の米軍基地に係る環境情報等を収集し、返還予定地等の環境調査ガイドライン(仮称)および米軍施設環境カルテ(仮称)を作成するものである。
事業内容についての検証は本報告の射程を越えるので稿を別にしたいが、沖縄市サッカー場問題以後に動いた事業として大きいものであるので、支出状況を調査した。入手したデータについては以下のとおりである。これまでの決算額は72,796,000円(2014年度は31,949,000円、2015年度は40,847,000円)、2016年度予算は164,903,000円である。
1. 2014年度、2015年度の支出状況
(1)各年度項目別支払い額
①米軍施設環境対策事業(一括交付金:国80%、県20%)
②基地環境対策推進事業(県:100%)
(2)各年度業者別(コンサルなど)支払額
(3)基地環境特別対策室2016年度予算 (円)
Ⅲ 考察・提言
この結果をもとに、若干の考察と提言をする。
1 . 米軍の原状回復の義務が回避されることの意味
沖縄市サッカー場の汚染調査、浄化費用の2016年までの総額は、9億円以上にものぼることが明らかになった。
これは、日米地位協定で、米軍に原状回復の義務を回避させていることが、どのように財政的な負担となるかということの意味を、具体的に再認識する材料となった。また、汚染が発覚した場合に、どのような支出が発生するのか(調査、汚染物質の処理、掘削部の埋戻し等土木的処理)も把握しうる機会となった。
加えて、財政負担をする日本の納税者の中には、土地を奪われた沖縄の人々も含まれることをあらためて認識する必要がある。土地を収奪され、長期間アクセスを禁じられた上に、投棄され、汚染されたあげく、原状回復の義務を日本政府が米国政府に課せられないがゆえに、その尻拭いの費用まで沖縄の人々が負担させられているということについては、重く受け止めるべきである。
一方、この金額の大きさから、徹底した調査は費用がかかるということで望ましくないといった方向に利用してはならないことも留意すべきである。特に、行政は市民をそのように誘導する材料としてはならない。調査や浄化処理は、将来にわたって市民の安全、安心な環境を確保するための措置であることを再認識し、政策を遂行すべきてある。
2. 沖縄市のクロスチェックの財政負担
沖縄市の部分で述べたように、沖縄市のクロスチェックの負担は7000万以上となり、市の財政負担となっている。調査時に透明性を確保するために国の調査を行政が監視する部分は調査体制で必要であり【7】、調査のあるべき姿を身をもって示したのが沖縄市であったといえる。
そのような意味で、この負担に関しては日本政府も沖縄県も考慮すべきであり、沖縄市側の財政負担に関する支援措置の要請には真摯に応える必要がある。
また、今回の沖縄市の行ったことは調査の透明性を確保すること、調査する日本政府に緊張感を持たせるという面からグッド・プラクティスとして、他の自治体に範を示した事例であるが、財政面で継続的に実施できる体制にすることを沖縄の自治体は検討するべきであると考える。今回の沖縄市のクロスチェックは、1次調査、2次調査はドラム缶の内容物の全検体をクロスチェックしたものであったが、緊張感を持たせる範囲でサンプル数を限定する、自治体側で専門家に調査結果の評価を依頼するなどの方法も考えられる。専門家の確保、財政負担は重いことから、沖縄県全体で検討するべきであろう。
また、この問題を一つのきっかけとして、跡地利用推進法(「沖縄県における駐留軍用地跡地の有効かつ適切な利用の推進に関する特別措置法」)を基に、「国の責任で(処理、浄化を行う)」と、沖縄県や自治体が調査への積極的な関与を避ける傾向にある状況について、改めて考える必要がある。「国の責任で」は財政的な責任を意味するのか、調査の責任はどう考えるのか、費用対効果も含め、基礎自治体と沖縄県、沖縄防衛局の三者の役割について議論することも必要であると考える。
3 . 行政が説明責任の重さを認識し具現化する必要
汚染に関する措置は、安全に暮らせる環境や市民の健康を守るものであり、経費がどれだけかかるかに関わらず、行政は市民への説明責任を負うことは大前提としてある。ただ、汚染への対処にこれだけの額がかかる、という事実に向き合うことにより、行政は市民への、納税者への説明責任を再認識することも必要であると考える。
特に、沖縄防衛局の、同局と沖縄県、沖縄市の協議の記録が杜撰であったため、各機関の意思決定過程が文書などでも検証できない状態にあることは問題である【8】。
市民への説明責任も果たしているとはいいがたい状況であり、この部分は早急に対処が必要である【9】。
このような行政の説明責任を果たさせるためには、各レベルの議会は、自らが監視をしなければならない行政の役割は何かを認識し、議会で監視し、責任を厳しく問う役割を担うことが必要であると考える。そのためには、議会、議員は行政の説明やメディアのストレートニュースの情報のみに頼らず、自らの調査権を行使し、構造的な問題に切り込んでいくことが求められるであろう。
今回の調査は、議員の調査権により得た情報を結集させる一つの試みであるともいえる。
4 . 業者の選定、発注形態の透明性
業者の選定、発注形態など、より透明性が必要であることも指摘しておきたい【10】。
例えば、沖縄防衛局の調査報告書の「監修」をしている愛媛大学客員教授森田昌敏氏への報酬は契約業者を通じて支払っており、防衛省はその経費を把握していないことが国会議員からの聞き取りからも明らかになっている。調査報告で助言、分析、判断を行う専門家の責任は重く、透明性が求められる。発注元として、沖縄防衛局は委託した業者の業務情報は、再委託者、下請負の部分も含め、把握しておく責任があるだろう。また、市民団体や専門家から、基地環境関係の調査の結果の分析について、また、防衛省との関係が深いことについて疑問がもたれている業者が、沖縄県の米軍施設環境対策事業において随意契約で選定されていることに、納得がいかない県民の声もあることも記しておく【11】。
5 . 市民の関与・選択過程
沖縄市サッカー場の調査や浄化は、市民が行政の意思決定に関与する過程がなく決定されていった。しかし、これだけの費用をかける事業に住民、市民の意見が反映されず、事後報告で進められることは安全面だけでなく、行政への監視の面でも制度的に問題である。
米国では環境保護庁(Environmental Protection Agency, EPA)が浄化方法の案を、健康や環境、長・短期的期的効果、コスト面の評価基準とともに提示し、公聴会やパブリックコメントを行って市民の意見を求め、浄化方法の選択に一定の関与する過程を設けている【12】。
沖縄県も新事業で「住民参画情報公開専門部会」を設け、将来的に住民参加制度の導入を射程においているようであるが【13】、まずは進行中のサッカー場の件でパイロット版として実現させ、実効性のある制度への第一歩とすることを検討することも提言したい。行政が説明能力を向上させ、十分に情報を得た市民が意思決定過程に参画することは、行政の説明責任を果たさせるためにも、選択に関与することで市民が責任を果たすことは重要であるからである。
辺野古の新基地建設では環境影響評価という基地建設の「計画」で、基地をめぐる行政と業者の関係等の問題が指摘されてきた。返還跡地の調査、浄化、調査の指針づくりの業務なども環境を名目とした「基地ビジネス」に目を光らせる姿勢が必要ではないだろうか。
Ⅳ むすびに
日米地位協定で、米軍の原状回復の義務が回避されていることは、国際的な原則である「汚染者負担の原則」が実現されていないことも含め、批判されてきた。しかし、この不合理な協定下にある状況からいかに脱却するかの道筋はまだ議論が深まっていない。
その道筋には沖縄側からの交渉過程が必然としてある。交渉には、漠然とした主張ではなく、説得力のある具体的なデータやファクトが必要とされる。
沖縄市サッカー場の事例は、それらを提供するケースとして用いることを射程とし、今後も検証を重ねて、監視していく必要があるだろう。
謝辞
本調査は、赤嶺政賢国会議員、山内末子県議会議員、桑江直哉沖縄市議会議員による文書入手により可能となった。議員とスタッフの皆様の協力に感謝する。
専門家として助言をいただいた環境総合研究所顧問池田こみち氏、本レポートの土台となる沖縄市サッカー場の調査・監視プロジェクトの展開に協力していただいた沖縄・生物多様性市民ネットワークにも感謝の意を示したい。
このレポートに関しての問い合わせ先
The Informed-Public Project 代表 河村 雅美
info@ipp.okinawa
The Informed-Public Project https://27labo.com/ipp-test/
参考資料
これまでの除去費用などについて筆者の知りうる資料は以下のとおりである。調査費用、汚染土壌除去費用などが混在しているので正確な各過程の数字は把握できない。
サッカー場との比較でいえば、対象面積の考慮等が必要であろう。ちなみにキャンプ桑江北側は38.4ヘクタールである。また、2012年の跡地利用特措法以前の調査は蓋然性の高い部分のみの調査であり、調査の範囲、精密度もサッカー場の調査とは比較ができない点は留意すべきである。
(1)第180会国会参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会での紙智子議員による質問(2012年3月21日)http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/180/0020/18003210020003.pdfに対して、政府参考人防衛省地方協力局局長山内正和氏は以下のような答弁をしている。
「・・・平成22年度末までに在沖の米軍施設の返還に伴います土壌汚染などの除去に要した費用としては、キャンプ瑞慶覧のメイモスカラ地区で約8400万円、キャンプ桑江の北側・・・・・(発言する者あり)失礼しました。約11億9000万円でございます。また、恩納通信所及び航空自衛隊の恩納分屯基地については、発見されたPCB含有汚泥の保管のための保管庫の設置等の費用といたしまして、合計で約2億1800万円の費用を要しているところでございます。」
(2) 林公則氏は、『軍事環境問題の政治経済学』(日本経済評論社、2011年)の中で、「沖縄防衛局によって提供された資料によれば、2010年10月末現在、5件の土壌汚染が発見され、約10億8000万円の返還跡地土壌汚染等の除去費用が日本政府によって負担されている」と述べている。以下の表で整理している(同書、pp.137-138.)
(3)国会議員赤嶺政賢氏より2013年に筆者が入手した資料は以下のとおりである。