目次
インフォームド・パブリック・プロジェクト(The Informed-Public Project, IPP)は、これまで米軍基地由来と考えられる有機フッ素化合物のPFOS/PFOA汚染の問題に取り組んできました。
普天間基地周辺から高濃度のPFOS/PFOA汚染が検出されています。普天間基地を抱える宜野湾市はこの問題の当事者ですが、調査主体でもなく、米軍との交渉主体でもないため、当事者意識を持ってこの問題に取り組んでいるとはいえない状態です。
そのため、元宜野湾市議会議員我如古盛英氏、元宜野湾市議会議員知念吉男氏から市議任期中に同問題の整理と調査を依頼され、IPPで意見書を作成しました。
意見書では、以下の点で宜野湾市は当事者であることを指摘しました。
- 宜野湾市の飲料水は水源が汚染されている北谷浄水場から供給されていること
- 生活・生産圏に普天間基地由来のPFOS/PFOA汚染が滲出していること
- PFOS/PFOA問題は返還跡地の汚染問題であること
IPPからも10月21日づけで宜野湾市長にこの意見書を送付しました。
宜野湾市役所内の関係部署、および関係機関、市民等と情報共有し、宜野湾市としてこの問題にどう取り組むのか、オープンな議論を開始することを求めます。
以下、意見書です。
有機フッ素化合物汚染に関する問題の宜野湾市への意見書(暫定版)
– 当事者としての3つの問題 –
河村 雅美(The Informed-Public Project 代表)
Dr. Masami Kawamura
2018年9月26日
※ この意見書は宜野湾市議会議員我如古盛英氏、宜野湾市議会議員知念吉男氏に依頼され作成した。
1. はじめに
沖縄県では嘉手納基地、普天間基地が汚染源と考えられる有機フッ素化合物(PFAS)の中のPFOS(パーフルオロオクタンスルホン酸)、PFOA(パーフルオロオクタン酸)の深刻な汚染が近年、確認されている。米軍の使用する泡消火剤が原因と考えられる汚染である。
嘉手納基地が汚染源と推測されるPFOS/PFOA汚染は、北谷浄水場の水源であるため、沖縄県企業局が対処している。2013年から、水源の河川等のPFOS/PFOAを定期的に計測し、安全な水を供給するために粒状活性炭フィルターを設置するなどの対応をしてきた【1】。
上記の状況を受け、沖縄県環境部は2016年度から全県的な調査を実施し、高濃度のPFOS/PFOAが検出された普天間基地周辺の調査を年に2度実施するようになった。その調査において、普天間基地周囲の特定の湧水、地下水から高濃度のPFOS/PFOAが検出されていることが確認されている【2】。
PFOS/PFOAが含まれている泡消火剤は使用が中止されているため、調査結果からは、両基地内での土壌汚染、地下水汚染の発生が推測される。そのため、具体的な汚染源の特定や、抜本的な汚染除去が必要であるが、本格的な立ち入り調査は、日米地位協定による米軍の裁量による許可が必要なため、沖縄防衛局も沖縄県も許可されていない。
他にも、沖縄県環境衛生研究所では、沖縄本島全域の河川と3海域で有機フッ素化合物18物質の調査を2014年に実施しており、PFOS、PFOA以外の有機フッ素化合物の汚染 も確認されている【3】。
汚染問題の問題解決の目標は、汚染原因を特定して除去・浄化を行い、長期的な監視体制を整え、安全で安心な環境を取り戻していくことである。その道筋を切り開くためには、現状の正確な把握と、問題解決のための枠組みづくりが重要な作業となる。
今回の意見書では、まず宜野湾市を中心としたPFAS汚染の現状把握を試みた。
宜野湾市が、上記の基地を由来とするPFOS/PFOA汚染の3点で当事者であるといえる。
- 宜野湾市の水道水が北谷浄水場から供給されているものであること。
- 普天間基地が汚染源と推測される汚染が生活・生産圏で検出されていること。
-
返還合意がされている普天間基地の返還跡地汚染の問題となること。
当事者としての認識を行政として深め、この問題に主体的に宜野湾市が取り組むことが必要であると考える。
以下、現在入手できている情報から、事実関係を整理し、上記3点を軸とした宜野湾市へのPFOS/PFOA問題に関する提言を示す。
2. 有機フッ素化合物(PFAS)の状況:米国を中心として
1) 概論 ~「永遠に残る化学物質」(Forever Chemical) としての有機フッ素化合物
現在、沖縄で問題になっているPFOSとPFOAは炭素を中心につながった鎖のような物質にフッ素が結合した化学物質である有機フッ素化合物(PFAS)と総称される中の2種である。3500から5000種類のPFASが産業界で流通しており、現在も製品、環境中に新たなPFASが発見されていることが報告されている。
有機フッ素化合物は、安定な構造を持ち、環境中で分解されにくく、高い蓄積性を有する。そのため、「永遠に残る化学物質」(Forever Chemical)」と呼ばれており、除去、浄化等の対応が困難な物質である。
PFOS/PFOAは、撥水性、撥油性が高く、様々な用途で用いられている。家庭内では台所用品(テフロン製の鍋)、ピザの箱やファストフードの包装紙、ポップコーンの袋、防水処理のされた絨毯、衣類、家具などがある。また、産業界でもクロムメッキのための防塵、電子産業、採取率増加のために石油、石炭業界で使用されたり、油圧作動剤や燃料添加剤のような機能化学品としても用いられている。現在沖縄で問題になっているのは、米軍基地の泡消火剤である。
汚染源としては、米国環境保護庁(U.S. Environmental Protection Agency, 以下 EPA)の資料では、以下が挙げられている【4】。
- PFASあるいはPFAS製品の直接の放出
- 訓練や緊急対応における泡消火剤の使用
- 工場からの放出
- クロムめっきやエッチング施設からの放出
- 消費者およびPFASを含む工業製品からの廃棄物の埋め立てゴミや浸出
- 下水施設の廃水、バイオ固形物(バイオソリッド、下水汚泥)の土壌施用
人の曝露経路としては、PFASで汚染されている公共飲料水や私有井戸の水の飲用、汚染された水から釣った魚の摂取、汚染された土や粉塵の偶発的吸引、PFASを含む材質で包装されえた食べ物の摂取、テフロン加工などにより付着しにくい台所用品や汚れにくい絨毯、防水性衣料の使用などが挙げられている。
PFOS/PFOAの汚染や健康被害については1970年代から認識され、報告されてきた【5】。産業界との癒着などから、その被害が長期間隠蔽されてきた事実については調査報道などで次々と暴かれている【6】。決して新しく認識されはじめた有害物質ではないことは多くの専門家、政策提言者から語られていることは、健康被害の面からも留意すべきことである。
PFOS/PFOAによる健康被害としては、妊娠期の胎児、あるいは乳児への影響(低体重、思春期早発、骨格変異)、がん(精巣、腎臓)、肝臓への影響(組織損傷)、免疫への影響、コレステロール増加などの影響が研究によって示されている。実際に米国では健康被害が報告され、健康調査も実施されている【7】。
このような有害性が示されている一方、有機フッ素化合物の規制が厳しくないことが、世界的な課題となっている。PFOSは、国際条約である「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPS条約)」において、2009年5月の附属書B(製造、使用、輸出入を制限すべき物質)として掲載が決定された。日本国内ではその履行のために同年、「化学物質審査規制法(化審法)」が改正され、PFOSは第一種特定化学物質(原則として製造・輸入が禁止)に指定された。しかし代替が困難であるとの理由での例外的使用が認められているものがあり、日本の規制の抜け穴については、国外からの批判の声も聞こえている。PFOAは現在、条約にも掲載されておらず、化審法にも掲載されていないが、2018年9月イタリアのローマで開催されたストックホルム条約「残留性有機汚染物質検討委員会」の第14回会合(POPRC-14)で、条約上の廃絶対象物質(附属書A)への追加を締約国会議に勧告することが決定された【8】。
現在、沖縄で問題になっている水道水質基準については、2009年に水道水に係る要検討項目が従来の40項目に加え、PFOS、PFOAを含む4項目が指定され、2010年の水質基準逐次改正検討会において検討が加えられたが、指針値の設定には至っていない。
2) 米国の状況~米国環境保護庁の生涯勧告値70ng/Lは危うい
上記のような国内の規制値がない状態で、沖縄におけるPFOS/PFOA汚染の対処において、沖縄県企業局、環境部では、EPAが2016年に設定したPFOSとPFOAの合計値70ng/Lという生涯勧告値(Drinking Water Health Advisories, HA)を目安として用いている【9】。
しかし、米国では、EPAの生涯勧告値に法的強制力がないこと、EPAの70ng/Lという値の安全性について問われるようになったことから、実際にPFOS/PFOAの汚染の問題を抱える地域では、州で独自にEPAより厳しい値を設定する動きがある【10】。
全米的な飲料水汚染の実態が把握され【11】、米軍基地による汚染問題としても問題化されるなど【12】、環境汚染、健康被害の深刻な問題として認識されるようになっていることがその背景にある【13】。また、PFOS/PFOAの代替物で使用されている有機フッ素化合物の危険性も射程に置く必要があることが警告されている。
そのような状況の中、米国の毒性物質・疾病登録庁(Agency for Toxic Substances and Disease Registry, 米国保健福祉省の一部局、以下ATSDR) は「パーフルオロアルキル基の毒性プロファイル:パブリック・コメントのための草案 (Toxicological Profile for Perfluoroalkyls: Draft for Public Comment)」(以下、ATSDRレポート)を2018年6月20日に発表した【14】。
ATSDRレポートは、14種類のパーフルオロアルキル基と健康への影響についてのこれまでの研究を検証した852ページのレポートで、専門家によりまとめられ、同領域の専門家の検証(peer review)を経て公表されたものである。パブリック・コメントを経て、重大な変更が必要な場合は再度の専門家の検証を経て、最終版がリリースされる予定である【15】。
同レポートは、これまで安全であると考えられていた値より、大幅に低い値が示されていることから、環境政策を後退させているトランプ政権下のホワイトハウス、EPA、国防総省が社会的反響を恐れ、公開を拒んでいた問題のレポートである【16】。有機フッ素化合物の汚染に取り組んできた団体、議員、メディアから早期の公開が強く求められ、公開に至った。
ATSDRレポートの中では、4種類の有機フッ素化合物の最小リスクレベル(Minimal Risk Levels, 以下、MRLs)が算出されており【17】、PFOS/PFOAのEPAの生涯勧告値の7-10倍以上低い数字が算出されていると報道されている【18】。それは、免疫への影響を考慮にいれたことによるものであることがATSDRのリリース資料でも述べられている。そのリリースでは、ATSDRのMRLsとEPAの生涯勧告値は目的や用いる状況が異なること、MRLsが規制値を規定するもではないことも述べられている【19】。
しかし、専門家がATSDRのレポートの数値を、EPAの生涯勧告値飲料水のレベルに換算するとPFOAは11ppt, PFOSは7pptという数値が算出されており、これまでのEPAの生涯勧告値を用い続けることに専門家から警鐘が鳴らされている【20】。
この状況を受けて、The Informed-Public Project(インフォームド・パブリック・プロジェクト、IPP)は、「有機フッ素化合物の米国毒物・疾病登録局(ATSDR)のレポートに関する要請・提言」を2018年7月8日に沖縄県に提出し、関係諸機関にも写しを送付した【21】。
上記のような米国の状況を鑑みると、沖縄県は、現在のEPAの生涯勧告値の値に依拠し続けることを検討するべき時機にあると考えたからである。同提言書では、沖縄県は、連邦レベルや日本政府の対応を待つよりも、米国で実際に汚染問題が発生している自治体が採用する、現実的な政策や、各コミュニティの活動や政策提言【22】を参照として対策をたてていくことが妥当であり、最新の研究結果を採用していくことが必要であることを提言している。
その後、連邦議会では米国下院エネルギーおよび商業対策委員会(U.S.House of Representatives Committee on Energy and Commerce)の環境小委員会で2018年9月6日「環境中の有機フッ素化合物:現在生じている汚染と課題への対応のアップデート(”Perfluorinated Chemicals in the Environment: An Update on the Response to Contamination and Challenges Presented”)」のヒアリングが実施されるなど、連邦レベルの本格的な対応を求める動きがみられる【23】。汚染の影響があった州の独自の動きも注目されるところである一方、州レベルで科学者、特に毒物学者(Toxicologist)が不足していることから規制の動きが進まない問題も指摘されている【24】。
3)基地汚染問題としてのPFOS/PFOA問題
米軍の有機フッ素化合物の問題に関しての対応について、ここでは簡単に述べておく。
米軍においては、海軍が1960年代後半からPFOS/PFOAを含む泡消火剤を開発し、1970年代初めから使用してきた。早くから環境に関しての懸念は示されていたが、産業界との癒着から使用が継続され、安全な製品への代替に至らない時期が長く続いた。安全性の懸念が浮上してきたのは1996年であったが、国防総省がPFOS/PFOAを新たな汚染物質(Emerging Contaminants)と指定し対応する指示書(Instruction)を出したのは、2009年になってからのことである【25】。
その後の軍の対応については稿を新たに整理するが、2016年のEPAの生涯勧告値の改正(70ng/L)に伴い、国防総省は軍提供の飲料水調査を実施している。浄化、除去については「包括的環境対処補償責任法」(Comprehensive Environmental Response, Compensation and Liability Act、以下 CERCLA)に依拠し、PFOS/PFOAの流出がある可能性のある場所の予備的調査と場所の特定調査を実施している。2017年7月には、米国議会が、国防長官にPFOS/PFOAに関する軍事委員会へのブリーフィングを2017年9月30日までに行うよう指示し、2018年3月にその結果が公表されている【26】。
また、上述の2018年9月の下院エネルギーおよび商業対策委員会のヒアリングでも国防総省は証言者としてこれまでの対応を述べている【27】。
3. 宜野湾市の当事者としての3つの問題
ここからは、宜野湾市が沖縄のPFAS汚染の当事者として考えるべき問題を整理し、述べる。
現在、把握されているPFAS問題は、嘉手納基地が汚染源と考えられるものと、普天間基地が汚染源と考えられるものの2つがある。宜野湾市はどちらのケースからも影響を受けている自治体である。
1)宜野湾市の飲料水は水源が汚染されている北谷浄水場から100%供給
嘉手納基地が汚染源と考えられるPFOS・PFOA汚染は県民の飲料水に影響を及ぼしている。北谷浄水場は北谷町、沖縄市、北中城村、中城村、宜野湾市、浦添市、那覇市に給水しているが、この北谷浄水場の水は、嘉手納基地が汚染源と考えられているPFOS/PFOAが検出される河川等を水源としており、前述のとおり現在、沖縄県企業局が対応している。宜野湾市の水道水は100%、北谷浄水場から給水されている【28】。
【図1】-宜野湾市の水はどこから-
沖縄県企業局は、2013年から、北谷浄水場の水源の河川等のPFOS/PFOAを計測し、安全な水を供給するために粒状活性炭フィルターを設置するなどの措置をとってきた。
しかし、2015年には北谷浄水場の浄水でEPAの現在の生涯勧告値を超える82ppt, 120pptを計測したこともある。宜野湾市は市民の安全な水の供給のために、米国の研究状況も踏まえ、沖縄県と連携し、安全基準値についての議論を始めることが必要であると考える。
嘉手納基地由来のPFAS汚染の詳細については稿を別にし、経緯なども整理したものを後日提示する。
2)生活・生産圏に滲み出る普天間基地由来のPFOS/PFOA汚染
企業局の水源の調査状況と汚染実態の報告を受け、沖縄県環境部環境保全課は2016年度に県企業局による調査が実施されていない河川や空港・飛行場を中心に調査を実施した【29】。2016年12月での中間報告では、普天間基地周囲の湧水3箇所で高濃度のPFOS・PFASの検出(チュンナガー:1300ng/L、ヒヤカーガー:210ng/L、メンダカリヒージャーガー:710ng/L)が確認された。
その後実施した2016年冬季調査で、普天間飛行場周辺の6箇所を追加したところ、そのうち3箇所(青小堀川(畑内の配管より採水):570ng/L、伊佐ウフガー:190ng/L、フルチンガー(青小堀川上流):110ng/L)で高濃度のPFOS/PFOAが検出された。
2017年度からは普天間飛行場周辺のみに特化した調査の実施となっている【表1】。
【表1】 沖縄県環境部有機フッ素化合物環境中実態調査の推移
【表2】平成29年度PFOS・PFOA冬季調査結果
【図2】PFOS・PFOA 測定地点図(平成29年度冬季)
IPPが普天間飛行場との位置を示した地図に県のデータ【30】を落とし込むと以下のような図となる。
【図3】普天間基地周辺のPFOS/PFOA汚染状況(湧き水・地下水)
1300pptのPFOS/PFOAが検出されたこともあるチュンナガーの湧水は、ポンプアップし、喜友名区において150世帯が簡易水道として家庭菜園等に使用している【31】。また、湧水は大山の農業(田芋栽培)に使用されており、生活圏、生産圏にPFAS汚染が発生しているという現実がデータから見いだせる。
3)返還跡地汚染対策としてのPFOS/PFOA問題
普天間基地は、既に返還合意がされている基地であり、現在基地内で生じている汚染については、沖縄県も宜野湾市も、返還跡地の問題としても認識するべきである。
米国内でも、軍事基地汚染としてPFOS/PFOAは問題視されており、返還跡地汚染としても問題となっている。米国政府監査院(Government Accountability Office)の報告書でも、浄化にかかる時間とコストの問題、特に飛行場跡地の返還地について問題が指摘されている【32】。
それをふまえ、沖縄防衛局は普天間飛行場の汚染の状態を認識しているのか、米国内で問題になっている状態を認識しているかについて、筆者は「駐留軍用地使用採決申請等事件(普天間飛行場)」の公開審理で求釈明をしてきた。2018年3月15日の求釈明では、返還合意がなされている普天間飛行場の汚染をどうするのか、放置するのか、という求釈明に対して、沖縄防衛局は、「“跡地利用特措法に基づき、関連法令に定める方法により、適切に実施」を繰り返すばかりであった。公開審理の場で「PFOSは跡地利用特措法で調査対象項目になっているか」を沖縄防衛局に聞くとその場で回答できず、後日、調査対象項目になっていないことを文書で回答してくるという状態であった。
これは、このままであれば防衛局は基地内で発生しているPFOS/PFOA汚染を放置し、返還されても対処しないことになる、という事実が明らかになったことを意味する。
これまで宜野湾市は、普天間飛行場のPFOS/PFOA汚染問題には言及せず、跡地利用政策のみに焦点を当てている【33】。沖縄県も普天間基地跡地に関して、「地下に流れる水の道」をコンセプトにした公園計画があり【34】、チュンナガーの所在地は都市公園を整備することで決定しているが、返還跡地の汚染対策としての本格的な取り組みはない。
普天間基地の枯れ葉剤埋設、除去に関する証言、米軍のトモダチ作戦の放射能問題、普天間基地内の漏出事故通報の調査報道【35】など、跡地の汚染問題が深刻であることを踏まえ、PFOS/PFOA問題も跡地汚染問題の1つとして認識すべき状況であるといえる。
4)当事者意識はあるか
PFAS汚染は、蓄積性があり、永遠に残る化学物質と呼ばれるような処理の困難な有害物質であるにも関わらず、このようにPFOS/PFOAが含まれる湧水が放出されている状態に対して、沖縄県も宜野湾市もその深刻さの認識がない状態といえる。
一番高い値でPFOS/PFOAの合計値が検出されているチュンナガーについて、2017年宜野湾市議会12月定例会では簡易水道としての今後の利用について質問がでているが、汚染に関しての認識は議員側も答弁者の教育部長側にも示されていない【36】。
その後、2018年の6月議会では、6月3日に宜野湾市ぎのわんセミナーハウスで実地された「名桜大学公開講座 沖縄の米軍基地による生活環境問題」【37】での講演を受け、複数の市議の質問がでたので問題理解の周知がされえていないこともある。2018年8月8日にIPPが行った宜野湾市選出で喜友名区出身の沖縄県議会議員新垣清涼氏への聞き取りでも、高濃度のPFOS/PFOAを含む水を簡易水道として用いることへの議論の必要性の問題は認識されていなかったようだった。
概して沖縄県、宜野湾市は生活・生産圏において蓄積性のある有害物質が発生していることに関して対策をとるべきであるという、当事者意識が低いという感触である。
4.沖縄県の調査報告の問題
この当事者意識の薄さの原因として1つ挙げられるのが、沖縄県が「何が起きているかわからない」調査報告をしているからではないか、と考えられる。
沖縄県環境部の調査結果の報告は、調査目的や調査地点の必然性について明確に記述されておらず、報告の方法に問題がある。それについては、再度、評価することにするが、ここでは、沖縄県の調査評価に関して指摘しておく。沖縄県は、調査の結果に対して、以下のような評価をしている。
「また、平成28年度冬季調査同様、普天間飛行場周辺の主な表流水の測定を行っており、飛行場への流入側ではPFOS等の濃度は低いことが確認された」(下線、引用者)
(平成29年度PFOS・PFOA調査結果について(冬季結果)平成30年4月6日沖縄県環境部環境保全課)
この書き方では、汚染がどこに発生しているのか、その原因は何であるかの分析評価がわからない。
この検出結果は、普天間飛行場と汚染が検出された地点の位置関係と、普天間飛行場の周囲の水の流れを考慮に入れなければ、意味が理解できないからである。
高濃度のPFOS等が検出されているのは、飛行場からの流出側であるチュンナガー、ヒヤカーガー、メンダカリヒージャーガー、森の川、青小堀川、伊佐ウフガー、フルチンガーである【図3参照】。
なぜこの地点に高濃度の汚染が発生しているのか、普天間飛行場の周囲の水の流れから推測できる。宜野湾市基地政策部が作成した【図4】【38】が理解しやすい。
ここでは、「宜野湾市の地形は海側が低く、陸側の国道330号方面が高くなっています。そのため、宜野湾市に降った雨は排水路や地下を通って高い所から低い所(国号330号側から海の方)に向かって流れています。また、普天間飛行場周辺には、水を通しやすい琉球石灰岩大地が広がっており、地下にたくわえられた水は、湧水となって多くの場所から湧き出しています。大山の田いも畑では、この湧水がつかわれており、田いも畑を守るといったことからも湧水は大きな役割を果たしています。」という説明がされている。【図5】は沖縄県の普天間基地跡地計画に関する動画からのスクリーンショットで、同様のことが説明されている。
以上のデータを合わせれば、普天間飛行場周囲の地形や地質から、湧水や地下水から検出されている高濃度のPFOS/PFOAは、普天間基地からの汚染物質が湧水から検出されている可能性が高いということが沖縄県や宜野湾市の資料から理解することができる。
このような説明を、検出結果に加え、なぜPFOS/PFOAの検出値の高低が生じるのかを理解するような材料を提示し、実際に何が起きているのか、その理解を促すことが必要であろう。
【図4】みんなで考えよう普天間飛行場跡地のまちづくり-宜野湾市(平成20年)
【図5】沖縄県公式チャンネル「普天間未来予想図VR編vol.3」(平成29年3月制作)
専門家による見解を加えれば、名桜大学の田代豊教授は、沖縄県の測定結果(2017年度夏季調査)を、宜野湾市自然環境調査の地下水流向図に貼り付け、【図6】を作成し、以下の分析を導きだしている。
- 普天間飛行場の下流側(北西側)の地下水のうち70ng/Lを超えたことがないのは③のフンシンガーだけで、それも60ng/Lを超えている。これに対し、上流側(南東側)はどの地点も70ng/Lを超えたことがない(⑦ウブガー、⑯クマイーアブ、⑰ヌールガー)。
- 普天間飛行場周辺から流出してくる地下水(⑫喜友名A⑬喜友名B)だけが、高濃度になっている。
- 河川水(⑮⑱)などは低濃度なので、土壌および地下水汚染が生じていると見るべきである。
- 普天間飛行場は、降水の大部分(蒸発分を除く)が地下水になるような地質にあり、主要な排水経路として地下水が重要である。
- 表層土と河川水の汚染に比べて浄化が難しい土壌と地下水の汚染が発生している。
- 普天間飛行場内にPFOS/PFOAの汚染源がある可能性が高いと見るのが自然である。
【図6】田代豊氏(名桜大学)作成
沖縄県は、検出地と値、地形、水の流れの要素を提示し、普天間基地と汚染源の関係についての評価をするべきである。
このような事実を踏まえ、県は「飛行場への流入側ではPFOS等の濃度は低いことが確認された」という記述の仕方ではなく、「飛行場からの流出側の地点で高濃度のPFOS/PFOAが検出されたことが確認された」と評価し、その理由についての分析を説明していく必要がある。汚染が確認されている部分を起点としてその原因を記していくことが記述としては妥当な記述である。高濃度の地点について記さず、比較地点の低さを起点として結果を書くことは、情報の本質が伝わらず、結果の矮小化と解釈される可能性もある。調査結果を提示し、解釈・評価については沖縄県として科学的に適切である評価を市民にわかるように書くことが必要である。
宜野湾市は、普天間基地周辺のPFOS/PFOA汚染で何が実際に起きているか、について認識を深め、県の調査のあり方、評価の仕方、市民への報告の仕方についても能動的に読み、理解し、市民と共有していく姿勢が必要であると考える。
さらに結果を踏まえ、PFOS/PFOAの問題について、宜野湾市は、普天間基地内で生じている汚染が市民の生活空間に染み出している事案として対処する必要がある。
沖縄県は「PFOS等については国内では基準等がなく、直接飲料に用いない限りは人の健康に問題はないので、昨年度に引き続き宜野湾市及び自治会を通して地域住民に周知をお願いしているところ」と案内しているが、湧水地点で看板もないことを筆者は確認しており(喜友名泉の道路沿いの地点、メンダカリヒージャーガー、ヒヤカーガー)周知が徹底しているとはいえない。
また、汚染に関する情報収集が不十分である。1300pptのPFOS/PFOAが検出されたこともあるチュンナガーの湧水は、ポンプアップし、喜友名区において150世帯が簡易水道として家庭菜園等に使用されている【39】。
汚染の全体像を把握するための調査もまだ方針が定まっていない。大山の湧水と農作物についても、2016年の中間報告で農作物の調査を1度実施しているが、検体数等の具体的なデータは公になっていない。この後のモニタリングに関する方針や土壌調査を含む包括的な調査方針も議論されているか不明である。
県は中間報告で「【PFOS・PFOAの農作物への影響について】ドイツヘッセン州立研究所で、PFOS・PFOAで汚染した土壌から農作物への移行について実験を行った研究があり、その中ではトウモロコシ、ジャガイモ、小麦などの可食部への移行はほとんど無かったとの報告となっているため、農作物への影響は無いと考えられる。”」と安全性を依拠する研究を紹介しているが、出典も記さず、筆者が調査し、環境保全部に論文名を確認しなければならなかった(”Carryover of Perfluorooctanoic Acid (PFOA) and Perfluorooctane Sulfonate (PFOS) from Soil to Plants”Stahl T1, Heyn J, Thiele H, Hüther J, Failing K, Georgii S, Brunn H. Archives of Environmental Contamination and Toxicology 57(2):289-98 · August 2009, であることを確認した)。依拠した論文の選択の妥当性や引用の正確性・妥当性についても議論する必要があると考える。
ちなみに、家庭菜園に関してもバーモント州健康局では、市民への案内で、5種のPFASが20pptを超える水は、庭の散水にも使用しないように呼びかけており、PFASが野菜に吸収される可能性についても述べている【40】。
現在、調査研究で解明されていることと、されていないことを整理し、現地の状況と照らし合わせ、何が必要な作業であるかを議論し、政策を策定していくことが必要である。この点については、専門家の意見や米国ミシガン州の例も引き議論の材料を提示していきたい。
5.米軍との交渉状況:防衛局の「仲介」とずさんな回答
普天間基地周辺のPFOS/PFOA汚染問題において、抜本的な解決策のためには日本政府と沖縄県、関係市町村、米軍との交渉が重要である。
環境保全課の調査結果を踏まえ、県環境部環境政策課基地環境特別対策室が沖縄防衛局に米軍との面会等を要求し、沖縄県から沖縄防衛局への要請文書(2017年1月27日)、沖縄防衛局から沖縄県への回答(2017年2月27日)の文書のやりとり【41】をしているが、その交渉の実はとれていなかった。
沖縄防衛局と米軍がどのようなやりとりをしているのか、沖縄防衛局に情報開示請求をすると、米軍がずさんな回答をしており、沖縄防衛局がその回答を丁寧な内容に「翻訳」して、沖縄県に伝えていることがIPPの調べでわかった。
米軍は、「PFOSを含む泡消火剤は規制された物質ではないので」をすべての理由にし、履歴を残す必要も、県と会合を持つ必要もないという雑な回答を沖縄防衛局にメールの添付文書で送付していた。この回答は上述の「基地汚染問題としてのPFOS/PFOA問題」で説明したとおり、国防総省の方針を反映しているものではない。
この調査は県内紙2紙で大きく報道され【42】、SNSで英語で拡散したところ、PFASの米国の活動家のグループで大きな反響があった。
米軍が緊張感のない、いい加減な対応をしているのは、日本政府、沖縄県の情報収集能力や交渉力をみくびっていることに大きく起因していると考えられる。
沖縄県の調査結果も英訳して沖縄防衛局を通じて送付していたが、それは普天間基地との関係を曖昧にした上述の「飛行場への流入側ではPFOS等の濃度は低いことが確認された」という評価をそのまま英訳したものであった。そのような文書を送っても、交渉のスタート地点にも立てないのは当然であろう。米軍に通用する文書、交渉についての課題についても後日、嘉手納基地の汚染への対応も含め論じることとしたい。
6.提言
上記の事実を踏まえ、宜野湾市には以下の提言をする。
- 宜野湾市の水道水が北谷浄水場から供給されているものであることを踏まえ、PFAS汚染についての情報収集を行い、EPAの生涯勧告値の基準の見直しについて、沖縄県や他の市町村とともに議論を始めること。
- 普天間飛行場が汚染源と推測される汚染が生活・生産圏で検出されていることを踏まえ、汚染範囲の確定も含めた包括的な実態調査の実施について、専門家や市民が参加する議論を始めること。
- 返還合意がされている普天間飛行場の返還跡地汚染の問題としての枠組みで有機フッ素化合物汚染の問題をとらえ、長期的・包括的な普天間飛行場跡地汚染問題に取り組むこと。
以上。
The Informed-Public Project代表
河村 雅美 博士(社会学) director@ipp.okinawa
ウェブサイト:https://27labo.com/ipp-test/